他市の「独身税」提案の話題

先月末、石川県かほく市のママ課(課名でなくプロジェクトの名前らしいです)が「独身税」提案、と地元の新聞に取り上げられ、全国的な話題、異論が沸騰したようです。
なるほど、いろんな問題を投げかけたと思います。

そもそも、子育てがそれほど肉体的にも時間的にも苛酷で、経済的にも負担が大きいか、というのが大前提の議論です。


一方で、国、地方とも財政面で子育てにかかる負担は大きく割くのが当然のことだと思います。
そこで、楽して生きてる?かもしれないと子育て中のお母さんに思われてる「独身者」に「課税を」という発想の意見がでた、というのが報道の範囲の事実のようです。

そこで、私たちが考えなければいけないのは、やはり、行政が子育て支援をするのは何のためなのか、というそもそも論と、100%それを肯定したうえで、できる限りの財政投入を考えるべきということ。
それに対して、たとえば、公立保育所の経費は過大で民間への移行をすすめて、家族(おそらくこの場合、子どもの祖父母など)のいる人は保育所でなく、その家族に担ってもらえば?という暴論を堂々と述べる保守系議員がいたりします。

いまだに、そういう発想から脱せないから、少子化が進んだんじゃないか、という気もしますが…。

そして、かほく市が今回の議論の発端とはいえ、実際に「独身税」を導入したらどれほど混乱するかというのは、この報道だけで明らかになったはずです。
「独身」は自由を謳歌するだけではありません。
結婚したくてもできない人はいるし、シングルマザーで頑張っているお母さんもたくさんいる。
シングルファーザーもいる。
子どもがほしくてもできず、シングルで生きている人も世の中には大勢いる。
そんな個々の事情を忖度(そんたく!)できない行政の発想は、一掃されるべきです。

しかもシングルには、割高の税負担もすでにあります。
税の公平な負担とはどういうことなのかの基本に立ち返り、この際、じっくり考えてみるのもいいでしょう。

かつて、あるシングルの女性から「中学生の医療費無料化に反対」って言われたこともありました。
「無料にするにあたって、一部私たちの納めた税金で負担することになるなんておかしい」というご意見でした。

意見としては、わかりますが、招来の社会の担い手に対して、そこまでバッサリ切り捨てていいのかなと言う気がします。

「子どもは社会が育てる」という言葉がありますが、私も当然そういう社会でなきゃいけない、と思っています。

 

最後に、かほく市に、この際、なんら意見申し上げるつもりはないのですが、いつも思うのは、このネーミングでもお気づきの方もあると思いますが、「かほく市ママ課」ってなんなのだろう、ということです。

子育てに対して「パパ」はどこにいて、何してるのですかね。少なくとも、行政のネーミングとしては、NGです。

2017年09月05日