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「こころざし半ば」「断腸の思い」?

戦後の民主的手続きを経て維持してきた現代のこの国の行政運営にあって、未曾有の経験といっていい新型コロナウイルス感染症対策は、おそらくどんな政権であっても、及第点をとる対応は難しいのだと思います。

ましてや、難病をもっておられる首相にとっては、さぞ、辛いかじ取りを迫られる日々だったのだろうとその点でもお察しします。

しかし、国を動かす“政治家”(政治家という言葉は、私は決して肯定的には表現しないのですが)としてのセンス、何を常に念頭に置いて政治をすすめるのかという筋の良し悪しは、こういうところでも露呈してしまうのかと、残念です。

本日の記者会見の中で「憲法改正、志半ばで職を去ることは、断腸の思いであります」と自ら語っています。

憲法については、憲法改正を公然と積極的に口にし続けた唯一の戦後の首相として、それ自体が憲法に抵触するのではないかと考えていますが、その点は、まったく意に介さず、最後に「断腸の思い」だと。

断腸の思い:『世説新語・黜免』にある以下の故事に基づく。
晋の武将桓温が船で蜀に攻め入ろうとして三峡を渡ったとき、その従者が猿の子を捕らえて船に乗せた。
母親の猿は泣き悲しみ、が連れ去られた子猿の後を百余里あまりも追ったが、ついに母猿は船に飛び移ったが、そのままもだえ死んでしまった。
母猿のはらわたを割いてみると、腸がずたずたにちぎれていた。 (【出典】『世説新語』より)

転じて、腸がちぎれそうなほどにつらい悲しみ。とてもとてもつらく悲しい気持ち。

という意味のようです。

政権与党の盟友、公明党の山口代表は昨年の参議院選挙前に「改憲論議は争点にならない」と明言していました。

改憲自体は、公人としての志ではなく、私的な思いの志ではないのかと疑問が残りつづけます。

こんな場合に、「断腸の思い」なんて、あまりにも筋のわるい、いかにも言葉知らずな人の表現だと感じます。

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