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「安保法制」が大詰め、民主主義の土壇場です。

安保法制が土壇場にきています。
土壇場という言葉をあえて使っているのは、法制案が土壇場なのか、私たちの民主主義が土壇場なのかそれ自体がどちらに転ぶかわからないという意味の土壇場です。
そもそも、土壇場とはネット上の辞典によると「首を切る刑場。転じて、物事が決定しようとする最後の瞬間・場面」という意味だそうです。

そして、私たちの民主主義は、イコール多数決主義ではありません。

これを論ずると長くなりますが、少なくとも、議会制民主主義がすべての国民の代表としてその権力を行使することについては異議がありません。
しかし、国のトップが「民主主義だから多数決で」などと言われると、ちょっと待て、こんなデタラメで稚拙な論理で今までやってきたのですか?と問いたくなります。

例えば、地方議会の中でも、事柄によっては、全会一致で、というルールもあります。

それなのにこれほど、国の将来に関わる大問題を単に得票数10数%の人たちによる議席の過半数で決めてしまっていいのですかという大問題がなのです。

特に、今、ここに来て、改めて過半数で決することのまやかしを感じずにはおれません。

2014年12月の衆議院総選挙での自民党の比例区の得票率は、33.08%に過ぎないが、結果は、議席数が単独で絶対安定多数の266を超える291議席をとってしまった。全体の投票率は戦後最低だった前回2012年の59.32%を大きく下回る52.66%だった。つまり、全体として33×0.52=17.16%の有権者の投票で、絶対安定多数266を大きく超える291議席を占めた、という現行の選挙制度を今更恨んでもしかたがありません。
が、その人たちが平気で「民主主義は多数決だ」などと豪語するその空疎な内実が空恐ろしいと、改めて言わざるを得ません。

 

先日の日曜日は、JR西宮駅前でもマイクで少し「安保法制」の矛盾点などを指摘しながら発声してきました。
傍を通る市民の方は多くは、素通り。

でも好意的に話かけてこられるかたも、いつも以上に多かったです。
しかし、ある高齢の男性は「何もわかっとらんくせに何を言うか」と吐き捨てるようにとおり過ぎ、その横を歩いていた女性はおそらくお連れ合いかと思いますが「あなた、そんなこと言わないで」とお二人の間でご意見が分かれている様子もみられました。

 

前述したように、多数決で「決めるべき時には決める」などと国のトップが言う、その内実は一体なになのかということを、いま、改めてじっくり考えるべきではないでしょうか。
この場合、はじめから、3分の2以上を占める与党がいて、当初から、9月17日あたり、と言っていた。
しかも、その直前の委員会のやり取りを聞いていたら、一体、どこに説明責任が果たせたと思えるのか全くみつからない。
そんな状況でも、国民の理解が得られるように努力するというご本人が、決める時には決める、という。

 

はじめから、採決の日程が決まっていて、国民の理解などハナから念頭にはない。
こんな国に私たちは、今、すんでいるということです。

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